2010/10/06

三中信宏『分類思考の世界』感想

三中信宏, 『分類思考の世界:なぜヒトは万物を「種」に分けるのか』, 講談社現代新書, 2009年.

【感想】

ペダンティックにも磨きがかかって、ぐいぐい読まされてしまった。前著である『系統樹思考の世界』よりも内容はわかりやすく(細かい説明が吹っ飛ばされている箇所が少ない)、新書として楽しめました。これを難解と感じるひとは、おそらくあちこちに挿入されている小話という煙幕にやられているだけでしょう。脱線箇所は脱線していることを頭に入れて読まないとね(ちなみにこの本は脱線している挿話のほかに、関係ないところに配置されるという脱線した図もある)。

本線に話を進めよう。本書はおそらく次のような背景がある。それは、現在において種の定義について論じるのは不毛だ、という見解だ。本書は断じて 「種問題」の本ではない。むしろ「種問題」を生む原因となる分類とは何か、についての本であり、「種問題について」の本なのだ。実はこの点がニクイところ であって、著者が仮想敵としている種実在論者(生物学者だけでなく、一般人も含む)は、本書を「種問題」の本として読み、種の定義に関する主張をしていると誤読するだろう。しかし、著者がここで行っているのは、分類学を生物学から切り離す試みであり、決着のつかない論争から抜け出すための処方箋の提示なのだ。

このことは明確に示されてると思う。あちこちに出てくる分類学の議論をきちんと理解するためには、文献リストを当たるべきというスタンスは、ちょっと不親切ではある。さらに、そういう細部のほうが個人的には気になるのだけれど、時間が自由にならない私のような身にとってはなかなか追いきれない。 余談にはなるが、モーニング娘。や日本一低い山など、懐かしい話題が出てくるのは思わずニヤニヤしてしまう。

もうひとつ。脱線のほうで気になるのは、ちらほら出てくる女性の影。「時空ワームの愛する断片」「たとえ実体のない幻であったとしても、その力はいつまでもどこまでも残り続ける」、そして最後の短歌。うーん・・・、あなたはだれ?


【あとがき】
公開にあたって、以前のバージョンからすこしだけ改稿した。
『進化思考の世界』を読み終えたあとから見ると、やはり強調すべきポイントがあると感じたので追記する。
手元にないので曖昧で申し訳ないのだが『生物系統学』の後に出た著者の種をめぐる論文「ヒトが種をつくる(I & II)」(1999/2000)においては、「種は認知的なものである」という主張をしていたと思う。しかし本書ではやはりもう一歩考察が進められていて「種は認知的なものであると言わざるを得ない」という主張になっていると思う。この差は重要で、前者は依然として種問題(=「種の定義とはなにか」という問題)の問題圏のなかで議論されているが、後者は種について語ろうとしたら、そういわざるを得ないという、種問題の圏外からメタ的に種問題について言及していることになる。こうしたメタ種問題的な議論はどちらかというとエアシェフスキーの種多元主義に近く、アトランのような認知主義(?)的な議論とは異なるのではないか。そしてこの種という総合学説の権化みたいな概念に対して、ある種の解消を迫ろうとしているのが次の著作となる『進化思想の世界』ということになるのかもしれない。ただ、ここでは問題設定の仕方が「種問題」ではなく「メタ種問題」というべき種問題の外側から設定されていることを強調しておきたい。

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